被害・トラブル事例
アスベストに関するトラブルは、工事現場だけでなく、不動産取引や日常生活の中でも起こり得ます。ここでは、実際に発生しているトラブルのパターンと、公的な統計・判例をもとに、被害の実態を紹介します。
不動産購入後に発覚
中古住宅や中古マンションを購入した後、リフォームや解体の際にアスベスト含有建材が見つかるケースは珍しくありません。特に2006年9月以前に着工された建物では、売買契約の時点でアスベスト調査が行われていないことが多く、購入者は「調査記録がない」という説明だけを受けて契約してしまいます。
法律上、売主に義務付けられているのは「調査記録がある場合にその内容を説明すること」であり、調査そのものの実施は義務ではありません。そのため、購入後に自主的に調査してアスベストが発覚し、想定外の除去費用を負担することになる、という構図が繰り返し起きています。
2020年の民法改正により、瑕疵担保責任は「契約不適合責任」に変わり、隠れた瑕疵という要件がなくなりました。これにより、買主が事前に知らなかった不適合であれば、契約不適合責任を追及できる可能性が広がっています。
工事中断・費用爆増
リフォームや増改築の工事中に、想定していなかった箇所からアスベスト含有建材が見つかり、工事が一時中断するケースがあります。天井裏や床下など、事前調査の段階では確認しづらい部分に使われていた保温材や断熱材が、解体を進める中で初めて発見されることも少なくありません。
工事が中断すると、有資格者による追加調査、隔離養生、防じん対策など、当初の見積もりになかった工程が必要になり、工期の延長と費用の大幅な増加につながります。特にレベル1・2建材(吹き付け材、保温材など)が見つかった場合は、除去費用だけで数十万円から数百万円規模になることもあります。
こうした事態を避けるためには、契約前の段階で、書面調査だけでなく目視調査まで含めた事前調査が適切に行われているかを確認しておくことが重要です。
売主・仲介業者との係争
アスベストの存在を知りながら告げなかった、あるいは調査・説明を怠ったとして、売主や仲介業者の責任が問われる係争に発展するケースがあります。裁判では、売主の告知・説明義務違反による不法行為責任、仲介業者の調査・説明義務違反による責任が、それぞれ問われることがあります。
類似の欠陥住宅を巡る判例(アスベストに限らない一般的な瑕疵の事案)では、売主と仲介業者双方の説明義務違反が認められ、買主が請求した損害額から一部減額されたうえで、合計498万円の支払いが命じられた例があります。減額の理由としては、慰謝料が認められなかったことや、買主側にも瑕疵に気づかなかった過失があるとして一部相殺されたことが挙げられています。
この例が示すように、説明義務違反が認められても、請求額が満額そのまま認められるとは限りません。買主側にも、疑わしい点があれば自主的に調査するなど、一定の注意義務が求められる点に留意が必要です。
健康被害の実態
アスベストによる健康被害は、統計の上でも増加が続いています。厚生労働省の人口動態統計によると、中皮腫による年間死亡者数は1995年の500人から、2016年には1,550人と3倍以上に増加しました。その後も高い水準が続き、2023年は1,595人、2024年は1,562人となっています。
1995年から2022年までの中皮腫による死亡者数は、累計で3万1,402人に達しています。国の推計では、今後およそ30年にわたって被害の発生が続くとされており、「過去の問題」ではなく「今も進行中の問題」であることがこの数字から分かります。
労災認定の件数も増加傾向にあり、業種別では製造業と建設業が突出して多くなっています。中皮腫は発症から死亡までの経過が早い一方、ばく露から発症までの潜伏期間が20〜50年と長いため、今この瞬間に被害が広がっていても、その実態が数字に表れるのは何十年も先になる、という特徴があります。
損害賠償事例
建設現場での石綿ばく露をめぐっては、2021年5月17日に最高裁判所が、国と一部建材メーカーの賠償責任を認める判決を言い渡しました。国の責任期間は1975年10月1日から2004年9月30日までとされ、一人親方等に対する国の責任も認められています。
この最高裁判決を受けて、国と原告団・弁護団との間で基本合意書が締結され、「建設アスベスト給付金法」が成立しました。これにより、訴訟を起こしていない被害者や遺族であっても、行政認定の手続きを通じて最大1,300万円の給付金を受け取れる制度が2022年1月から施行されています。
ただし、この給付金は損害額の半分を補填するものにすぎず、残りの半分については、建材メーカーに対して別途損害賠償請求訴訟を起こす必要があります。最高裁判決で賠償責任が確定した建材メーカーも複数社ありますが、給付金制度に比べて訴訟による解決は時間がかかるのが実情です。
