18年越しの判決が問いかけるもの
2026年7月29日、東京高等裁判所は、建設現場でアスベストを吸い込み、健康被害を受けた元作業員らが建材メーカーに損害賠償を求めた訴訟で、建材メーカー3社に賠償を命じる判決を言い渡した。今回の裁判は、首都圏建設アスベスト東京1陣訴訟の差し戻し審である。原告側の発表によると、建材メーカー3社の責任が認められ、被災者8人に対して総額2,143万円の支払いが命じられた。一方で、解体工、とび職、鉄骨工、はつり工など、改修・解体作業に従事していた被災者24人については、請求が認められなかった。
なぜ被害の立証が難しいのか
アスベスト被害には、原因となる作業から病気の発症までに数十年かかるという特徴がある。作業員が若い頃に扱った建材が、どのメーカーのどの商品だったのか。どの現場で、どの程度のアスベストを吸い込んだのか。数十年後に当時の記録や証拠をそろえることは、決して容易ではない。
建物そのものがすでに解体されていたり、勤務先が廃業していたり、同僚が亡くなっていたりすることもある。被害者本人が病気の治療を受けながら、遠い過去の作業状況を証明しなければならないケースもある。今回の訴訟が最初に提起されたのは2008年5月。差し戻し審の判決が出るまで、約18年を要した。その時間の長さは、アスベスト被害の救済がいかに難しい問題であるかを物語っている。
改修・解体作業者の問題が残された
今回の判決では、新しい建材を使用する屋内作業に従事した一部の被災者について、建材メーカーの責任が認められた。しかし、古い建物を壊したり、壁や天井を撤去したりする改修・解体作業者については、メーカー側の責任が認められなかった。
原告側は、古い建材であっても製品番号やメーカー名の刻印が残っていることがあり、建材にアスベストの危険性を表示していれば、作業員のばく露を防げた可能性があると主張している。原告側は判決を不服として、最高裁で判断を求める方針を示している。今回の判決は問題の終わりではなく、「古い建物を壊す作業で被害を受けた人を、誰が、どこまで救済するのか」という重要な課題が、引き続き残されている。
裁判になっているのは「昔の工事」だけではない
アスベストの使用は現在、厳しく規制されている。しかし、過去に建てられた住宅、マンション、工場、学校、店舗などには、アスベストを含む建材が今も残っている可能性がある。建物の中に固定された状態では飛散しにくい建材でも、解体やリフォームによって切断・破砕されると、目に見えない繊維が粉じんとなって空気中に飛散するおそれがある。
厚生労働省は、建築物の解体・改修・リフォーム工事について、工事対象となる材料のアスベスト含有の有無を、設計図書などの書面と現地での目視によって事前に調査するよう定めている。事前調査は、原則として所定の講習を修了した有資格者が行わなければならない。また、アスベストを含む建材を切断する場合には、湿潤化や除じん性能を備えた電動工具の使用など、粉じんの発散を防ぐ措置も必要となる。
施主や近隣住民にもできる確認
解体工事やリフォーム工事を業者に依頼するときは、価格や工期だけで判断せず、次の点を確認することが重要だ。
- アスベストの事前調査を実施したか
- 調査を行った人が必要な資格を持っているか
- 調査結果を書面で確認できるか
- アスベストが見つかった場合の作業方法は適切か
- 粉じんの飛散防止対策が取られているか
- 廃材が適正に処理されるか
近隣で解体工事が始まった場合も、事前調査結果の掲示や、養生・散水などの飛散防止対策が行われているかに関心を持つことが大切だ。
数十年後の被害を、今の工事で生み出さないために
裁判によって責任が認められ、金銭的な補償が行われたとしても、失われた健康や命が元に戻るわけではない。アスベスト問題から得られる最大の教訓は、被害が発生してから責任を追及するだけでは遅いということだ。
今行われている解体・改修工事で正しい事前調査を行い、適切な飛散防止措置を取ること。それが、作業員や近隣住民、そして数十年後の社会を守ることにつながる。建設アスベスト被害は、決して「昔の話」ではない。古い建物が数多く残り、これから解体や改修の時期を迎える日本にとって、まさに今、向き合わなければならない問題である。
