泉南アスベスト訴訟:なぜ国の責任が認められたのか

大阪府泉南地域は、かつて石綿紡織業が集積する一大産地だった。この地域の紡績工場で働いていた元従業員やその遺族らが、「国が対策を怠ったせいで肺がんなどを発症した」として国を訴えたのが「泉南アスベスト国家賠償請求訴訟」だ。2006年5月の提訴から8年以上を経て、2014年10月9日、最高裁判所は国の責任を認める判決を言い渡した。全国のアスベスト訴訟で、国の賠償責任を最高裁が認めたのはこれが初めてだった。

何が「国の責任」とされたのか

判決の核心は、国(当時の労働大臣)が1958年から1971年まで、石綿工場に対して発生源の近くで粉じんを除去する「局所排気装置」の設置を罰則付きで義務付けなかった点にある。最高裁は、この不作為を「旧労働基準法の趣旨、目的に照らして著しく合理性を欠き、国家賠償法上違法」と判断した。裁判官5人全員一致の判断だった。一方で、1971年以降の粉じん濃度規制の強化や防じんマスクの着用義務化を怠った点については「著しく合理性を欠くとまでは言えない」として違法性を認めておらず、国のすべての対応が断罪されたわけではない。

判決がもたらしたもの

この最高裁判決を受け、国は同様の状況にあった石綿工場の元労働者やその遺族について、訴訟上の和解によって賠償金を支払う方針を表明した。対象となるのは、1958年5月26日から1971年4月28日までの間、局所排気装置を設置すべき石綿工場内で石綿粉じんにばく露する作業に従事し、石綿肺・肺がん・中皮腫・びまん性胸膜肥厚などの石綿関連疾患にかかったと認められる人だ。この枠組みは、後の建設アスベスト訴訟における給付金制度の土台にもなっている。

泉南訴訟が示したのは、「国は科学的知見が明らかになった時点で、速やかに規制権限を行使する責任を負う」という原則だ。規制の遅れそのものが、被害を拡大させる違法行為になり得る——この判決は、今なお続く行政の規制強化の議論に、重い前例を残している。