不動産業界の法の抜け穴
「重要事項説明書にアスベストの記載がなかったから、うちの物件は大丈夫」——そう考えている人は少なくないだろう。しかし実際には、この認識こそが不動産業界に潜む法の抜け穴を象徴している。
「調査すること」は義務ではない
宅地建物取引業法35条(施行規則16条の4の2)は、不動産の売買・賃貸の重要事項説明において、「石綿の使用の有無の調査結果が記録されているときは、その内容を説明しなければならない」と定めている。ここで注意すべきは、義務付けられているのが「調査記録がある場合の説明」であって、「調査そのものの実施」ではないという点だ。
つまり、そもそも誰も調査をしていなければ、説明すべき記録も存在しない。宅建業者にとっては、調査をしないことが結果的に、説明義務を回避する最も簡単な方法になってしまっているのが実情だ。
解体現場では義務、取引の場では任意という矛盾
皮肉なことに、同じアスベストを扱う場面でも、規制の強さはまったく異なる。解体・改修工事の現場では、2021年以降、規模を問わずほぼすべての工事で事前調査が法律上の義務となっている。しかし、不動産の売買という「建物を人手に渡す」場面では、調査はあくまで任意でしかない。
工事業者には調査を義務付けながら、物件を売る側には義務付けない。この非対称性が、「売る前に調べて藪蛇になるくらいなら、調べずに売ってしまおう」という判断を、構造的に許してしまっている。
「記録なし」は「安全」を意味しない
もう一つ誤解されやすいのが、「調査記録がない」という状態の扱いだ。宅建業者には、記録が存在しない場合、「調査が行われていない旨」を重要事項として説明する義務がある。これを怠れば宅建業法違反になる。しかし実務上、この説明が形だけの一文で済まされ、買主がその重みに気づかないまま契約してしまうケースは珍しくない。
「記録なし」は「アスベストがない」ことの証明では決してない。むしろ「調べていないので分からない」という、リスクが特定できていない状態を意味する。
買主にできる、唯一にして確実な対抗策
この抜け穴を埋める法改正は、今のところ見通しが立っていない。したがって現状、買主の側で取れる対策は一つしかない。それは、契約前に自分の費用で任意のアスベスト調査を依頼することだ。調査費用の相場は3万円〜5万円程度からとされ、決して安くはないが、購入後に数十万円〜数百万円規模の除去費用が発覚するリスクと比べれば、決して高い出費ではない。
「記録がないなら仕方ない」ではなく、「記録がないなら自分で調べる」。不動産業界の構造的な抜け穴がある以上、そう考えられるかどうかが、購入後のトラブルを避けられるかどうかの分かれ目になる。
