アスベストの規制 海外との比較(EU・米国・豪州)
日本でアスベストが原則全面禁止となったのは2006年、完全な禁止に至ったのは2012年のことだ。この年表だけを見ると「日本もしっかり対応してきた」と感じるかもしれない。しかし世界の主要国と並べてみると、日本の立ち位置は決して先進的とはいえない、むしろ「遅れて追いついた側」だったことが見えてくる。
EU:1980年代から国別に先行、2005年に統一禁止
EUでは、加盟国ごとに個別の禁止が進んだ後、2005年に全25カ国での統一禁止が実現した。個別の国で見ると、その動きはさらに早い。ドイツは1993年、オランダは1991年、イタリアは1992年、フランスは1997年、イギリス・ベルギーは1998年に、それぞれ自国での使用を禁止している。EUはさらに毒性の強い青石綿・茶石綿(角閃石系)については、1991年の段階ですでに全面禁止していた。日本がこれらの石綿の禁止に踏み切ったのは1995年であり、この点だけでも数年から10年以上の差がある。
豪州:2003年に全面禁止、健康被害への社会的関心が高い国
オーストラリアは2003年にアスベストの製造・輸入・使用を全面禁止した。日本より9年早い。オーストラリアはかつて世界有数のアスベスト産出国であり、鉱山労働者や周辺住民の健康被害が深刻な社会問題となった経緯から、規制と被害者救済の両面で積極的な取り組みが進められてきた国として知られている。
米国:先進国の中で最も対応が遅れた国
意外に思われるかもしれないが、アスベスト対策において最も出遅れていたのは米国だ。米環境保護庁(EPA)は1989年に大部分のアスベスト製品を禁止する規則を打ち出したが、業界側の提訴により1991年に連邦控訴裁判所がこの規則を無効化。以降、30年以上にわたって米国はアスベストの全面禁止に踏み切れない状態が続いた。最終的に、国内で唯一使用が続いていたクリソタイル(白石綿)の使用を禁止する規則が発表されたのは、2024年3月のことだ。これは日本が全面禁止した2006年から、実に18年も後の出来事である。
日本の位置づけと、そこから見える教訓
こうして並べてみると、日本の規制は「EU・豪州よりは遅く、米国よりは早い」という位置にあることが分かる。ただし、規制の「開始時期」だけでなく「規制の厳しさ」で見ると、日本は石綿含有率0.1重量%超という基準を採用しており、これは世界的に多くの国が採用する1重量%基準よりも厳格な水準だ。つまり日本は「対応の遅い国」であると同時に、「動き出してからの基準は厳しい国」でもある。
各国の共通点として浮かび上がるのは、いずれも「規制の議論が始まってから実際の禁止に至るまでに、長い年月がかかった」という事実だ。米国の例が示すように、科学的根拠が明らかでも、産業界の抵抗によって規制が骨抜きにされることは珍しくない。日本のクボタショックのような社会的な後押しがなければ、規制強化はさらに遅れていた可能性がある。海外の事例と比較することは、単なる知識としてだけでなく、「なぜ規制が進むのか、なぜ遅れるのか」という構造を理解する手がかりにもなる。
